ご存じでしたか?コカインはかつて麻酔薬だった!?
今回は年末ということで、テーマを少し変えて、歯科のトリビアをお話しさせていただきます。それは、コカインと歯科の関係です。
歯科とコカインというと、驚かれる方も多いのではないでしょうか。ご存知だと思いますが、コカインは麻薬のひとつです。もちろん不正使用は厳禁で、法律で厳しく取り締まられています。最近もトランプ大統領が合成麻薬であるフェンタニルを大量破壊兵器として認定しましたが、言うまでもなく、麻薬は決して使用して良いものではありません。
さて、そんな危険な麻薬であるコカインですが、実は歯科では欠かせない薬として使われていた歴史があるのです。それも100年ほど前までの話です。
今回は、コカインが歯科治療でどのように使われていたのか、そしてどうして使われなくなったのかについてお話しします。
コカインとは?

コカインは、南米のコカの葉から作られた薬です。1859年にドイツ人化学者アルベルト・ニーマン博士によって抽出されて作られました。150年ほど前の話ですから、それほど昔ではないですね。
コカインの麻酔効果
その5年後の1864年、コカインの除痛効果に着目したフォン・シュロフ博士が舌の上にコカインを投与後、舌に針を刺してみて、コカインの麻酔作用を確認しました。
それから20年後の1884年、ドイツのハイデルベルグで開催された眼科学会で、ドイツ人医師カール・コラー博士がコカイン液を目に投与して、麻酔薬としての効果を世界で初めて実証しました。
局所麻酔薬として使われ始めたコカイン
歯科治療は、基本的に外科治療ですので、痛みを伴う処置が多くを占めています。このため、治療時の痛みを少しでも和らげるために、さまざな方法が開発されてきました。
現在でも使用されることのある笑気ガスもそのひとつですが、痛みをなくすという効果で考えてみると、今ひとつでした。
そこで注目されたのが、コカインです。
抜歯の際に使用
前述した眼科学会から程なくして、今度はアメリカのニューヨークで、手術の際にコカインが応用されました。この手術は下顎の歯の抜歯でした。
抜歯したのは、ニューヨークの歯科医師ウィリアム・スチュワート・ハルステッド、そして抜歯されたのもニューヨーク在住の歯科医師だったそうです。
コカインを使うことで抜歯の痛みを感じることなく、快適な抜歯に成功しました。これが、歯科治療、外科治療ともにコカインを局所麻酔薬として利用した初の事例と言われています。
コカインを使う利点
コカインの効果は、麻酔効果だけではありませんでした。コカインには、血管を縮める血管収縮作用があったのです。
局所麻酔作用が必要になるのは外科処置ですから、出血が避けられませんが、血管収縮作用があれば血管が縮み、血流量が減少します。
処置中の出血量が減り、術野が見えやすくなるばかりか、術後の出血も抑えられます。
このように、麻酔効果と止血効果という一石二鳥の効果があり、コカインは外科処置で欠かせない薬となりました。
明らかになったコカインの問題点

コカインはそれまでなかった効果的な麻酔薬として、歯科だけでなく、医科の分野でも広まっていきました。麻酔効果だけでなく、止血効果も高く、当時の外科治療で欠かせない薬となったのです。
・・・ところが、コカインにはとても大きな問題がありました。
局所壊死を起こしやすい
コカインの血管収縮作用はとても強く、その高さゆえに、コカインを少しでも多く投与すると、たちまち手術部位の血液量が減少し、組織が壊死を起こしてしまいました。
手術に成功しても、その箇所が壊死してしまったのでは意味がありません。
長持ちしない
当時生産されたコカインは、安定性がなく、すぐに構造が違う化合物に変化してしまいました。現代ほど流通機構が整っていなかった当時、これはとても大きな問題でした。
精神依存性の高さ
これがコカインの最も大きな問題とされた特性です。コカインには、麻酔作用とともに、強力な多幸感や陶酔感といった精神的な作用がありました。
映画やニュースでも見たことがある方も多いと思いますが、この強い多幸感や陶酔感により、精神的依存が生じ、コカイン中毒になってしまうのです。
ハルステッド博士もコカイン中毒症に
どれくらい強かったのかというと、使われた患者だけでなく、それを使った医師や歯科医師にもコカインの依存症が広がったことからもわかります。
実際、先ほどご説明した、世界で初めてコカインを局所麻酔として使って抜歯に成功したハルステッド博士、そして彼の3人の助手がコカイン中毒症になっています。
3人の助手はコカイン中毒で死亡し、ハルステッド博士はギリギリのところで依存症から抜け出せたといわれています。
現代の安全な局所麻酔薬

コカインの終焉
コカインは、上述の精神依存性の高さから危険性が指摘され、徐々に使用が制限されていきます。ただ、当時はコカインに代わる有力な局所麻酔薬がなく、20世紀に入ってからも使用が続けられていたのです。
流れが変わるのは1905年です。ノボカインという局所麻酔薬が開発されたことで、コカイン使用は一斉に禁止する運びとなり、使用されなくなりました。
ノボカイン以降の局所麻酔薬
ノボカインとコカインの最も大きな違いは、精神依存性です。ノボカインには、コカインのような常習性や血管収縮性がありません。そのうえ、麻酔作用は十分確保されていたので、安全に使うことができたのです。
これ以降は、ノボカインと同様な局所麻酔薬の開発が進み、今私たちが使っている局所麻酔薬につながっていきます。
現在の歯科治療では、安全性の高いリドカインという局所麻酔薬が最も多く使われており、昨年にはアルチカインという、より早く効き、効果も高い麻酔薬も登場しています。
リドカインについては、医療連携施設である町田歯科の麻酔後に動悸がするのはなぜ?のコラムを、アルチカインについては、同じく医療連携施設である桜新町駅前歯科のアルチカイン~今までよりも効きが早くてしっかり効く新しい麻酔薬のコラムをご参照ください。
まとめ
今回は、コカインと歯科との関係についてお話ししました。ご存じない方も多かったと思いますが、歯科のトリビアのひとつとして知っていても良いかもしれません。
実はコカインの名残は現代にも残されており、日本薬局方に表面麻酔薬として掲載されているのです。もちろん、表面麻酔以外の目的に使うことは固く禁じられています。
最後にお伝えしたように、現在の歯科治療ではリドカインなどの安全な局所麻酔薬を使用します。成増さくら歯科では、患者さん一人ひとりの体調や既往歴に応じた麻酔方法もご提案いたしますので、歯のことでお困りの際は、成増駅すぐそばの成増さくら歯科にお気軽にご相談ください。

